


テーマ : AI
日時 : 2026年4月28日 19:30 – 21:00
会場 : 妙行寺門徒会館
皆さんにとって、AIはどんなイメージでしょうか?もちろん「なんだかよくわからない!」という対話も大歓迎でスタートしました。「否定しない」「自分で考える時間が短縮できる」「欲しい資料やデザインをすぐに考えてくれた」など、皆さんの体験談を伺っても「AIってなんかすごい!」ということ。自分を肯定する存在であり、頼りになるパートナー。しかし、対話が進むと便利さと表裏一体にある部分に目が向き始めます。
〜 AIに意見に頼りすぎると、自分の思いや考えがどんどんズレていく感覚 〜 AIからのアドバイスを自分にインプットすると「自分の意見」として置き変わるのでしょうか。仮に「自分の意見」として相手に話します。相手からの質問が重ねられた場合、的確な返答ができない可能性が懸念されます。何よりも、自分自身が積み上げた経験値。本当に話したいことと「AIの回答が異なる」のでは、AIとも少し距離を置く必要があるとお話された方もいました。
AIがもたらす業務の効率化。利用者にとっては便利だけど、自分の仕事がAIに変わってしまう人にとっては大変なことです。プラスに捉えると「人間にしかできない仕事をする」ということでしょうか。歴史を振り返れば、洗濯機や車のように。人間の労働の代わりとなる製品はいくらでも生まれてきたし、これによって消えた仕事もたくさんある。AIを受け入れる生き方をするのであれば「どれだけAIを上手に使うか」が求められそうです。
これまでに誕生した製品と比べて決定的に違うことは「AIがまるで意志を持っているよう」に見えること。恐いけど便利だから使ってしまう。課題を解決できたら一緒に喜ぶフリ?をして、労いの言葉もかけてくれます。AIの意思は凄まじい進化によって、私たちに接近する日も近いのではないでしょうか。お互いに名前を呼び合い、人生の多くの物事を共有できたとしたら。そのAIに寿命 (利用期限) があるとしたら。AIは感情のない無機質な存在ではなく、生命を感じる。命が宿る感覚になるのではないでしょうか。
AIは間違えることも数多くあります。ひとつひとつの回答に疑問を持たなければ、人間は考えることを放棄してしまいそう。頼りになるけど「疑問を持ち続けること」が、自律性を守るマナーなのだという意見も共有されました。
今回の参加者の方で、途上国で暮らした経験をお持ちの方がおられました。ネットに繋がらない地域でも、人々は「豊かに暮らしていた印象」とのこと。AIやテクノロジーと距離を置いた方が笑顔で暮らせるのでは?という気付きも頂きました。AI、ネット、スマホほか。50年前と比べても、日常が便利になったことは間違いないです。便利だから豊かになった?自由な時間が増えた?毎日の笑顔が増えた?と問われた場合に、即答できない私がいます。
AIに最短の回答を教えてもらうことと引き換えに、またひとつ「豊かな日常」を失いつつあるのかもしれません。今回はこの数年で急速に普及したAIを通じて「豊かに生きるとは何か」ということもイメージしながら、哲学カフェの終了時刻を迎えました。
ご参加いただいた皆様、本当にありがとうございました。たにやま哲学カフェは、皆さんが日頃感じる「どうなんだろう?」という問いを共有することで、年代や立場の違いを超えた対話を行なっています。
– 次回の開催について
6月30日(火)に妙行寺門徒会館にて。参加予約は「6月1日 19時30分」より、ホームページで開始いたします。ご参加をお待ちしております。