テーマ : 桜島
日時 : 2025年6月24日 19:30 – 21:00
会場 : 妙行寺門徒会館

第38回 たにやま哲学カフェ「桜島」は、初めに「桜島で思い浮かべること」という問いから始まりました。皆さんからは「風向きが気になる」「活火山」「噴火」といった、日々の生活に密着した感想をいただきました。火山灰は私たちの暮らしに直接影響を与える上に、健康面への影響も気になるところです。

桜島は見る場所や角度、季節でも様々な表情を見せてくれます。森進一さんの代表曲でもある「港町ブルース」には「燃えて身をやく桜島 ここは鹿児島 旅路の果てか」という歌詞があり、桜島がなくなると「鹿児島らしさがなくなるかも..」という対話もありました。絵画作品等にも桜島が描かれることも多くあり、文化的側面からも人々に深く根ざしていることが分かります。

桜島が持つ圧倒的な力。人々を惹きつける魅力とは?錦江湾には海外の方を乗せたクルーズ船が入港しますが、桜島が「この場所」になかったらどうでしょうか?火山ではない「普通の山」だったら?もしも桜島と開聞岳(指宿市)が逆だったら?と対話も広がります。観光面の恩恵も多大なものがあります。噴煙を上げる姿はひと言で「動」であり、生きる力を感じる。擬人化しやすい。桜島に向かって「今日も元気だな」と思う方も多いでしょう。噴火を続ける火山に人が住むこと + 至近距離に市街地が広がる光景は極めて珍しいものです。

観光面では、まだまだ「活用されていない」という課題も挙げられました。シーカックのようなアクティビティも豊富。当たり前の存在であるからこそ、一層の価値を見過ごしているのかもしれません。加えて「どうして桜島というの?」という問いがありました。私も身近すぎて考えたことがなかったのですが、鹿児島県のホームページ内にある「地名の由来」ページには、以下の説明がなされていました。大変歴史を感じるものです。

〜 桜島の名前の由来は、10世紀中ごろ、大隅守として京都から赴任してきた「桜島忠信」の名前からとったという説。神話に登場するコノハナサクヤヒメという女神が桜島の五社大明神にまつってあることから、サクヤ島転じて桜島説。古代の大噴火のとき、桜の花びらが海面に浮かんだという説などさまざまな説がある。(鹿児島県ホームページより)

世代間で「桜島への想いや愛着」は異なるのもの?確かに個人差はあると思いますが、鹿児島を離れて暮らす。年齢や経験を重ねる。故郷や家族への想いとあわせて「存在の大きさ」を感じることもあります。時に私たちに厳しい現実を突きつけますが、同時に豊かな恵みももたらします。農作物や温泉という恵みも享受しています。その恵みの裏には常に災害と隣り合わせであり、私たちは常に「備え」の意識があること。桜島とともに生きることの核心に触れた気がしました。

日常的な噴火や降灰を受け入れながら共存する形に「幸せ」を見出すことができるのは、鹿児島の魅力ともいえます。噴火を繰り返すことで「山の形」は変わるのに、常にどっしりとした「変わらない」存在の大きさ。私たち自身が変化を重ねながらも「自分らしさ」は失わないことにも通じるのではないでしょうか。時に意識的に距離を置くことで、改めて存在の大きさに気づいたり、新たな魅力を発見したりすることもあります。しかし、どれだけの距離を置いても「心の拠り所」に桜島が存在している。桜島という一つのテーマから、私たちの暮らし、文化、歴史、未来へと様々な問いが広がる時間となりました。ご参加いただいた皆さま、どうもありがとうございました。

 

– 次回の開催について

8月26日(火)に妙行寺門徒会館にて。参加予約は「8月1日19時30分」より、ホームページで受付開始いたします。はじめての方もお気軽にお越しください。ご参加をお待ちしております。