テーマ : 思考実験
日時 : 2026年2月24日 19:30 – 21:00
会場 : 妙行寺門徒会館

1年ぶりとなる思考実験、副住職にお願いいただきました。前半は「テセウスの船」を行い、後半は「どこでもドアの思考実験」でした。思考実験とは、ときに極端な状況のシミュレーションを行い、論理や概念の限界について考えるものです。

 

① テセウスの船

英雄テセウスが持ち帰った木造船。後世に残すため、朽ちた部品を正確に計測。その都度 新しいものに部品交換を続けました。最終的に全ての部品が入れ替わっても、この船は「元の船と同じである」と言えるのでしょうか?

形が変わらなければテセウスの船!素材が全て違うなら別の船じゃない?というご意見をいただきました。対話を深めるための例として、長年受け継がれる「伝統の味」がありますよね。こちらのグラフも表示されました。時間をかけて、調味料や素材が少しずつ入れ替わったとき。私たちは何%までなら「同じ味」と呼び続けられるでしょうか。変化の度合いを可視化したグラフを前に「同一性を保つこと」の難しさ、人間の感覚面も共有できました。

哲学者 アリストテレスによると、船の部品が変わっても、見た目(形相因)が変わらないので「同一である」と言います。テセウスの船は1隻しかないこともあります。もちろん、誰もが「納得できる正解」と言い切れないのが難しいところ。船は人間に置き換えることもできます。細胞が日々入れ替わりながらも、自分を維持している生命のあり方に捉えることができます。

 

② どこでもドアの思考実験

後半は、国民的アニメに登場する夢の道具「どこでもドア」を用いた思考実験。

(1) スキャン:ドアの入り口。出発地で人間の肉体を「分子レベル」で完全にスキャンする。

(2) 分解と消去:スキャンした後は、オリジナルの肉体が完全に消去される。

(3) 再構成:ドアの出口。目的地では(1)で行ったスキャンデータに基づき「完全なコピー」が出来上がる。

注意点は「ただの移動」ではなく、物理的・機能的には100%同じだけど、肉体は一度消えてしまうこと。しかし、遠い目的地にも一瞬で到着できます。ドアの出口から出てきたのは、さっきまでの私?それとも私と同じ記憶を持ったコピーなのでしょうか。ここでは「最初の私が消えるのなら怖くて使えない」「記憶が繋がっているなら <私だ!> と言える」「もしもエラーが起きて再構成できなかったら..」という不安もありますよね。

テセウスの船がモノの同一性であることに対して、どこでもドアは命や意識の連続性。私を構成するものは「肉体という物質」なのか、それとも「記憶や性格という情報パターン」なのかというモヤモヤが巡ります。船の部品がすべて変わっても「テセウスの船」と呼び続ける人がいる限り、その船は歴史の中に存在し続けることでしょう。どこでもドアを通じて「私自身が完全に再構成された」場面ではいかがでしょうか。

当日は参加しながら「これは私だ!」と確信できる最後の一線について、帰宅後も考えを巡らせておりました。皆様ありがとうございました。たにやま哲学カフェは、皆さんが日頃感じる問いを共有することで、年代や立場の違いを超えた対話を行なっています。今後ともお気軽にご参加ください。

 

– 次回の開催について

4月28日(火)に妙行寺門徒会館にて。参加予約は「4月1日19時30分」より、ホームページで受付開始いたします。はじめての方もお気軽にお越しください。ご参加をお待ちしております。